今年初めて高御位山に登ってきました。
高御位山(標高304メートル)
高御位山は大正10年(1921年)、関西初のグライダー飛行をした地としても有名です。
挑戦したのは当時21歳、地元出身の渡辺信二さん。後に飛行機の操縦士になったが、26歳の若さで航空機事故で亡くなられたという。山頂には彼の偉業をたたえた「飛翔(ひしょう)」の碑があります。
説明
わが町志方町出身の空の先覚者「渡辺信二飛行士」が大空への夢断ちがたく
手造りのグライダーで、厳冬に「渡辺飛行士」の快挙を讃えて建てられた碑です。
標高304mの山から300m飛んだと言うことは、滑空比L/D(高さと距離の比)は1ですから、45度の角度で滑空していくことになりますので、着地なんて怖かっただろうなあと思います。
それから飛び出すところは崖ですよ(^^;)実際立つとびびります。おそらく飛びこみに近い離陸の方法になったのであろうと想像できます。
グライダーはどんな形をしていたか解りませんが、加古川図書館資料によると幅8m縦4mの機体らしいのでかなり小さいです。滑空比が良くなかったのは翼面積が小さかったんですね。
自分の夢をかなえるために自分で機体を作って飛ぶことはすごいことです。飛びたいという気持ちがひしひしと伝わってきます。
こんな感じのグライダーだったのではと想像します。
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| 滑空比とは・・・? |
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| 1890年代 ドイツ オットーリリエンタール機 滑空比2〜4程度 |
その後の滑空機の進化
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| 1970年代 初期のハンググライダ- 滑空比4程度 |
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| 2000年 最新グライダー 滑空比40〜50 |
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| 高御位山(標高304メートル) |
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| 山頂より |
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| 「飛翔(ひしょう)」の碑 |
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碑文
「先覚があった 彼を渡辺信二と言った 志方町の人である 大正十年十月十七日 彼自らが創作した滑空機に 彼自身が搭乗し 天空を目指して ここから飛んだ 滑空三百メートル 時に二十一歳であった ここへの搬入は 下之町青少年が かってでた 実行にあたっては 渡辺準、竹内忠雄、藤本和蔵、池沢徳次、平田成重などが 進んで力をかした つまり協力してその滑空機を持ち上げ臂(ひ)力のみで放った 関西における実に最初の飛翔であった」 |
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